火星ダーク・バラード 感想

 人類の進化や宇宙への進出等のハードSF的な要素と、冷徹かつ信念の決して曲げない屈強な主人公が数々の出来事や人物に衝突していくという切なくも力強い展開が混ざり合い、その哀愁かつ冷淡な展開をスピード感あるテキストで一気に読み込ませてくる。上田早夕里のデビュー作にして第四回小松左京賞受賞作品、それがこれだ。
 SF的な要素では、人類の進化と宇宙への進出が上手く絡み合っているところが魅力的。宇宙への進出というのは、なんと言っても言葉では語りつくせないほど壮大で夢のあることなんだけれども、そこに人類の継続的な超進化が欠かせない、だから人間が人間を作るのだという論理立ての部分に、宇宙というマクロと人間というミクロと上手い調和がなされているとみてとれる。
 ハードボイルド要素で魅力的なのは、主人公水島の辛い過去を持ちながらも頑強なる信念、これに尽きる。前段落のSF要素とのつながりで、その超進化に直面した際に人類は倫理面でどのように対処するのか、こと自分が守りたいと思った人物においては、という部分の主人公の苦悩と数多ある内から選択するひとつの答えに対しても、水島という男の強さを垣間見ることができる。ここに、事件の真相を突き止めるというミステリー風な要素が噛み合い、さらに水島とその周囲の、水島同様様々な過去を持つ人物達の思惑とが織り成す切なくも力強い展開もあいまって、一気に読みとおしてしまった。
 極めて抑え目かつ冷静な筆致が、読み手の心を捉えて離さず揺さぶりを掛けてくる、その様はまさにダーク・バラードとしか言いようがない。ハードボイルドSFの傑作だ。


火星ダーク・バラード (ハルキ文庫)

火星ダーク・バラード (ハルキ文庫)


 余談。本作品を読み終えた後、市民図書館から借りていたハードカバー版(改稿前)をチラッと捲った。それというのも、文庫版(改稿版)の作者あとがきに、上田早夕里の物書きをするということに対する思いを読んで、こりゃハードカバー版も読みたいなと思ったからだ。実際改稿前は文庫版に比べてどうかと言うと、ちょっとしか見てないにもかかわらず結構違うということが分かった。ますます、ハードカバー版も読まねばなるまいという気になった。