言い訳日記

 お久しぶりです。
 1ヶ月ほど日記の更新をしていなかったものですから、話す・話したいことがたくさんあるんですが、まずこれだけはと思うものを今日は。

 自ら情報公開をしていなかったもののトラックバックを見れば分かることなので、お気づきの方も多かったかと思われますが、実は『恋愛ゲーム総合論集(仮題)』に参加予定でした。が、諸々の事情で今回は参加を見送るということで編者の方と調整がつきました。
 見送った理由はいろいろあるんですが、「(自分の書いた論考が)その域に達していない」と俺自らが判断したためということで、ご理解いただければ。mixiTwitterつながりの人で実は俺が論集に参加することを知っていて、楽しみだよと言ってくれた人達には平にご容赦をお願いしたいと思います。
 編者の方曰く、今回は駄目だったが今年の冬コミで大丈夫ならば受け付けますという回答を頂戴したので、ライター論デビューはその時になりそうです。というかそれを逃すと来年はいろいろと忙しくなる年で無理なので、今年中にはなんとか。
 ちなみに論集に参加しますよと記事をわざわざ書いていなかったのは、こういう事態もあり得ると思ったから。もし参加しますと声高に言っておきながらやっぱり脱稿すること叶わず、なんてことになったら格好悪いよなあと日和ったのは間違っていなかった――本来ならばこうならないようにできたらよかったんですけれども。

 少しだけぼかしつつも具体的な話を。
 俺が担当するライターさんは自らも仰られているように寡作な書き手*1で、かつ、企画も担当している作品数は本当に少ないのですが、それは、だからそのライターを論じることは難しいという理由にはならないと思っています。それはなにも、「俺が論じる人よりももっと作品数の少ないライターを論じている人がいるのだから、俺が作品数の少なさだけで論じることが難しいということは甘えだ」ということを言いたいのではありません。たしかに、ライター論――作家論とも言い換えられると思いますが――というものは、その書き手によって書かれた個々の作品に存在する共通項のあぶり出しであり、つまりライター論とは今ある作品を語ることによってライターの特性を見出し、それがこれからおそらく出ると予想されうるなんらかの作品にも通用するものでなくてはならない。よって作品数が少ないとそれが難しい場合もある、ということは確かにその通りだと思うんですが、“場合もある”と言ったように、必ずしもそうではないとも思うんですね。作品がちゃんとある以上、語れないことなんてない。
 だから、俺はこのライターでもライター論はいけると思ったんですが、自分の認識が甘かった。言うまでもなく、この俺が担当しているライターさんが「その(ライター論を書くほどの)域に達していない」ということではありません――というか俺はそんな大胆なことを言えるような人間ではありませんし。それにしても、いやはや、これぶっちゃけライター論にならないよ……。
 『恋愛ゲーム総合ライタ論集』は第1回、第2回共に読了済みだから分かるんですけれども、編者の方も仰っているように、とかく厳密なライター論を求めているわけではないので、あまり拘らずにいっちゃってもいいのかな、と。てめーが書けないだけだろと言われればそれはまあ、その通りで弁明のしようがありませんけれども。
 そうそう、俺は2作品だけで語るつもりでした。前述のように、“企画*2もシナリオも担当しているゲーム作品”だけで語るとするならば、2作品なんです。ただ、今回は原稿を落としてしまったということで、ちょうど氏が企画もシナリオも担当している新作が発売されることですし、3作品で論考してみようということにしました。

 ま、気長にお待ちいただければ。今書こうと思っているライターさん以外でも、ちょっと書きたいと思っている人もいますし、ライター論以外にも論考したいことは結構あるので、頑張りたいと思います。

*1:http://blog.goo.ne.jp/kgm_you/e/74e96738d993aa1a9562198972a7aa54

*2:ただし、エロゲーにおける企画という役職は実際どういうものなのか、透明化なされていない部分が多すぎるので、この場合の“企画”という言葉の意味に関しましては、“あなたが考える企画職”という認識でお願いします。